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「存在を肯定する」作業療法へのまなざし - なぜ「作業は人を元気にする!」のか

A5 / 162頁 / 2014年
【編集】
田島明子 (聖隷クリストファー大学リハビリテーション学部作業療法学科 准教授)
【著】
田島明子 (聖隷クリストファー大学リハビリテーション学部作業療法学科 准教授)
熊谷晋一郎 (東京大学先端科学技術研究センター 特任講師)
立岩真也 (立命館大学大学院先端総合学術研究科 教授)
港 美雪 (愛知医療学院短期大学リハビリテーション学科作業療法学専攻 教授)
田中順子 (川崎医療福祉大学医療技術学部リハビリテーション学科 准教授)
玉地雅浩 (藍野大学医療保健学部理学療法学科 准教授)

商品コード: ISBN978-4-89590-473-5

本体価格:2,800 円

定価: 3,080 (税込)

商品情報

内容紹介

障害があって「できない」ことがある当事者をありのままに肯定し元気にする、画期的な作業療法のあり方を提案


本著は「障害受容」という枠組みを超えて、障害があるために「できない」ことがある当事者に対して、「できる」ことを増やそうとする作業療法(学)から、その当事者をそのままに肯定する作業療法(学)の具体的な構築に迫った画期的な内容。
「できる」ことを増やそうとする従来のリハビリの概念を覆し、これからの新しい作業療法(学)について、社会学、障害学、現象学、そして当事者研究からの学際的視点と作業科学を基盤とした実践的手法の側面から提案する。
臨床において、自らの作業療法について悩んだとき、本書は大きな手がかりをくれるはずである。
作業療法士をはじめ、障害のある人を支えるすべての人が読んでおきたい本。

書評

作業ができる-できない、といった現在の思考の基本軸から、新たな思考の方向性を模索
評者:友利 幸之介(神奈川県立保健福祉大学大学院,作業療法士)

 2014年(平成26年)、日本中の女の子たちが「ありのままの自分」について熱狂しているころ、本書は出版された。タイトルはまさに時流そのものであるが、作業療法界でいえば時代を少し先取りしている。いや、だいぶ先取りした挑戦的な本である。
 本書は、田島氏ファン(私も含む)が期待した重厚な単著とは異なり、6名による分担執筆である。初めて手にしたときは少し裏切られた感もあったが、そこは田島氏らしい人選で、1人は当事者研究で知られる小児科医、1人は気鋭の社会学者、そして残る3名が特殊な経験や視点をおもちのOTとPTで構成されていた。この超個性的な著者が、「存在を肯定する」ことについて、それぞれの立場からありのままに論じ、編者である田島氏が「作業療法のまなざし」として、それらをうまくまとめあげている。
 本書では、現在の作業療法の目的として世界的に注目されている「作業ができること(enable)」の、影の部分である、「存在(being)のぐらつき」に焦点を当てている。また、作業ができる-できない、といった現在の思考の基本軸から、新たな思考の方向性を模索している。少なくとも、「作業ができること」に興味がある方や、「作業ができること」だけが作業療法じゃないだろうと思っている方には、きっと何らかの示唆を与えてくれるだろう。
 私も本書でいろいろな示唆を得ることができたが、特に1章の熊谷晋一郎氏の論考は興味深かった。熊谷氏自身が脳性麻痺であり、当事者研究として、自身の体との対話、依存、自己決定等について論じていた。「作業ができること」に関係なく、多くの療法士に知ってほしい当事者の視点である。また、4章の田中順子氏も、ライフワークであるピアノを弾くという作業を通して見えてきた「作業の可能化に潜む罠」、「ディオニュソス的作業療法」での論考では、私も凝り固まっていた作業療法思考をストレッチしてもらった。
 ただ正直なところ、本書には私も理解することが難しい箇所がいくつかあり、本書の「行間」や「真意」を読み取れるか否かは、読者の日ごろの経験値や感受性に左右されるかもしれない。私なりの本書の「攻略法」は、多少難解な箇所があっても、そこで何度も読み返すよりは、最後まで読みきることだ。最後まで読み進めた後、多少わからなくても、そのときに自分が理解できる範囲でいいのだろうと感じた。それがまさに本書で伝えたい、自分という存在を肯定することではないだろうか。
 次に、読む順番である。まず、田島氏が執筆した序章と6章から先に読んでみるのはどうだろうか。特に6章はすべての章を田島氏が要約しているため、序章の次に6章を読むことをお勧めする。そして、OTである港 美雪氏(3章)、田中氏(4章)の章を読み、最後に熊谷氏(1章)、立岩真也氏(2章)、玉地雅浩氏(5章)に入る。もちろん章の並びにも田島氏なりのこだわりがあるとは思うが、個人的には、この順番がスムーズに読み進められるのではないかと感じた。
 田島氏の著書は、前著『障害受容再考』のように、噛めば噛むほど味わい深くなる。これから、私も人生経験を積み重ねていく中で、本書とまた新たな出会いがあるだろうと期待している。

「作業療法ジャーナル」第48巻 10号 2014年(三輪書店)より転載

書評

障害受容とは何を誰が受容するのか、作業療法士田島が各領域の著名人に問いた本
評者:山根 寛(京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻)

田島の思考との出会い
 僕が田島の文章(思考)に初めて出会ったのは、 10 年あまり前、全学共通科目のリハビリテーション概論で、障害受容とは何を誰が受容するのか、(学生が)その言葉から何を考えるか、その問いかけの準備で論文検索をした時だった。それほど多くはなかった検索結果の中に、田島のものがあった。博士論文の予備論文だったように記憶している。論考としては研究初期のものだったが、その志向性に惹かれ、それを機に田島の思考(そして試行) をたどるようになった。一連の「作業療法の現代史」は、従来の拝外や排外にとらわれない探求の仕方がさわやかだった。

惹かれて
 田島の障害や作業療法に対する考え方は、彼女が出会った人や目にした資料が増えるにつれ、その論点が広がりと深まりを増し、適切に軌道修正され、 田島の論として進化(深化)している。揺れるがぶれない、偏らない、柔軟であり、外連味のないしっかりとした志向性をもった実直な研究姿勢が、田島の魅力である。
 僕は、重度の脳性麻痺の方たちとの出会いから、病いや障害があっても町で暮らす運動、「土の会」という活動をするようになって40 数年が経つ。その生活への寄り添いの始まりの頃、障害とは、介助とは、介助する者とされる者は平等なのか、何が平等なのか、と仲間とよく論議した。そうしたことをきっかけに、10年あまりして作業療法の世界に入ることになった。その学びと生業の中で、作業とは何か、身体として在る自己と作業の関係、ことばを活かす作業と作業を活かすことば、治る・治すより病いを生きる、病いも生きる、といったことに次々と思いを巡らすようになった。そのため、まだ見ぬ田島、その志向と思考、そして試行のありように、何か同感するものがあり惹かれていた。

そして本書は
 本書は、そうした田島流の学びの進化(深化)の過程のひとつといってよいだろう。自身が障害を生きる小児科医の熊谷、田島の思考の文字化の師である社会学者の立岩、作業科学を推進する作業療法士の港、障害による作業の喪失体験がある作業療法士の田中、身体を媒介に自己や対象との関係を捉えようとしている理学療法士の玉地、この領域の異なる5人の論客を紙上に迎え、 田島が企画者でありながら、シンポジストの 1 人として総合司会を兼ねて登場するシンポジウムの始まりのような書である。
 2 度、3 度と読み返した。読み返して残ったのは、これが本当のシンポジウムであってくれたらという思いであった。シンポジスト同士の意見のやりとりは望むべきもないとしても、仕掛けた田島が、意見を述べた5人の登場者に何を問いかけるか聞いてみたい、そして それぞれの登場者がどう応える(答える)か聞いてみたい、という思いが沸き起こった。いや、それは田島がこの書で読者に投げかけた問いかもしれない。あなたはどう応える(答える)だろう? 本書を手に、田島の仕掛けに参加してみよう。

(敬称を省略させていただいた)

「臨床作業療法」第12巻 1号 2015年(青海社)より転載

目次

序章 「存在を肯定する」作業療法へのまなざし―なぜ「作業は人を元気にする!」のか
 1.作業療法学・リハビリテーション学の歴史的流れから「存在の肯定」へ
 2.「障害受容」でもなく「自己決定・QOL」でもなく
 3.本書の成り立ち―「存在の肯定」をめぐる五つの論考

第1章 自己決定論、手足論、自立概念の行為論的検討
 1.はじめに
 2.自己決定論と手足論
  (1)自己決定を強いる身体の不自由
  (2)自動回路と手動回路
  (3)自動と手動の境界線の共有
 3.どのように自立概念を捉えるか
  (1)independenceとautonomy
  (2)震災の経験からindependenceを問い直す
  (3)依存症の当事者研究からindependenceを問い直す
  (4)綾屋の当事者研究からautonomyを問い直す
  (5)「実行→決定」型のautonomy
  (6)「決定→実行」型のautonomy
 4.まとめ

第2章 存在の肯定、の手前で
 1.存在を肯定する作業療法はあるか?
 2.痛みと死をもたらす病に
 3.障害の諸相、のうちの異なり
 4.できる/できない
 5.補うこと/してもらうこと
 6.しかし社会は
 7.仕事の場合は境界が異なってくる
 8.常に当座できることはある

第3章 すべての「働きたい」を肯定する地域をつくる―作業科学に基づく概念枠組みの探求と実践
 1.はじめに
  悪条件に置かれる精神障害のある当事者への就労支援
 2.“ワークシェアリング就労支援”
  (1)作業的理念
  (2)作業的概念枠組みの探求
 3.支援方法
  (1)支援(評価・介入・成果)の焦点
  (2)介入戦略
 4.期待や批判への対応
  (1)働いたら再発しますよ
  (2)病気を治してください
  (3)わがままを許すのですか
  (4)バスに乗ることができない当事者へ就労支援をするのですか
  (5)本人に決めさせないでください
  (6)作業所外で働いてはいけません―どうにかしてください
  (7)働けない人への支援はやめてください
  (8)やめておきなさいと言われました
 5.すべての「働きたい」を肯定する地域をつくる

第4章 存在を肯定する作業
 1.はじめに
 2.病いの体験と存在価値の揺らぎ
  (1)膠原病の発病
  (2)うつの体験
  (3)生きがいの喪失
  (4)転機の訪れ
  (5)即興演奏への挑戦
 3.即興体験からみえてきたこと
  (1)即興という作業
  (2)予測不能性のおもしろさ
  (3)障害の脱問題化
  (4)liminal体験
  (5)作業の可能化に潜む罠
  (6)「できない」を「できる!」に変える
  (7)ディオニュソス的作業療法

第5章 あなたと私のやりとりを支え、交流し続ける身体の営み―顔に出会い身体と向き合う在り方を身体が身体に問いかけながら
 1.はじめに
  (1)似ているからこそ、同じものだからこそ
  (2)何かが違う
  (3)こんなもんではありません
 2.やりとりを続けられなくなったときにこそ
  (1)おおげさな身体
  (2)嘘をつく身体
 3.顔はどこまで広がるのか
  (1)表情と出会う
  (2)顔は顔だけで身体表現をしているのではない
  (3)表情が生まれるとき
  (4)ロボット、バイク、動物の顔にどうしても感情を読み込んでしまう
  (5)似ているからこそ
 4.状況に参加するということ
  (1)出会うまでは偶然、出会ってしまえば必然である
  (2)「もう少し動くことができれば」という思いの前提に
  (3)光景に出会いそこに住み込み生活するということ
  (4)状況に参加するということ
  (5)二人でしかつくれないリズムがある
 5.やりとりを続けるために

第6章 「存在を肯定する」作業療法へのまなざし

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